ここでも何度か書いた『三越歌舞伎』、観てきました。

大理石のデパートという非日常空間。「三越劇場」は、その片隅にしつらえた、シェイクスピア劇場のような空間。
細部に至るまで、こまやかな装飾がほどこされて、ちょっとした宮殿か宝石箱のような場所だ。
どんなに抑えたって、気分は高揚してくる。
お客さんもそれぞれに着飾って、ハイカラな雰囲気が盛り上がる。キモノも多い。
いいキモノだな〜、うわっ、なんじゃあのばかでかい帯留!作中の登場人物「銀杏の前」にちなんだか、銀杏づくしの人もいる。興行じゃなくてマチネーと呼びたい感じ。ちょっとした祝祭のような。
席に着くと驚くのが思った以上に「近い!」ということ。役者のいるところまで5掻き泳げばつけそう。泳がないけどさ。
「コンサート鑑賞」ではなく、「ライブに参加する」ようなこのサイズ感は、江戸時代の芝居小屋と同じなのだそうだ。なるほどなぁ。知識として知っているのと、実際に観るのでは大違い。
もちろん汗、涙まで見える。役者が息を荒げて殺陣をしているのも見える。
いかに彼らの身体がすばらしいか、それを通して感じる「型」の強さ。
それに気づいたのは、やはり役者が等身大に感じられる舞台の力ではなかったか。
市川右近さんのうまさ、かわいらしさにも驚いた。
インタビューでお会いしたときは、ばりっとしたいい男だったのに、まったく別人(歌舞伎的には当たり前なんだけど)。
「ぐずでのろまな亀」的な又平を実にチャーミングに演じている。
吃音障害を持つ又平の命かけた願いが通らないで、悔しさ情けなさのあまり奥さんをぽかぽか殴りだしてしまう辺りから、私の目は表面張力。
(ばか〜、そんな弱いからダメなんだよ〜。もう一歩、先まで踏み出せ、又平!)
ただひたすら師匠に認められたい愚直さ、自分ではどうにもならない壁。多かれ少なかれ、みんな心の中に吃音を持っているから、涙が出てくるのか。ストーリー、脚本のすばらしさ。
そして、もうひとつ、観客が「うまいな」「すごいな」と思って観るレベルからもう一段引き寄せられて、舞台と一緒に泣き笑いしてしまう、役者の魔力がそこにあるのだ。
あの顔を見たら、なんだって許しちゃうよ、好きになっちゃうよ。だって…なんだか憎めないんだもん!という右近さんの魅力。ちょっとだけ勘三郎さんのことを連想した。
前半の、お姫様の身勝手さもおかしかった。こういう、立派じゃない人がじゃんじゃん出てくる話って、ほんと、私は好きだ。好きな男と結婚したいからって、腰元のふりをしてまで謀って、結婚するか!単なるだだっ子ちゃんじゃないの。シェイクスピアにも通じるものがあるなぁ。
そうして、ここで歌舞伎をやるという東西文化掛け合わせが、”めちゃくちゃなごった煮”ではなく、ここにしかないゴージャスな世界になっていくのだった。
三越劇場の場のもつ「西洋力」と、歌舞伎の「東洋力」が拮抗し、融合し、高みへと駆け上る。美しい文化のキメラ。
これこそ、歌舞伎座でも実現できず、演舞場でもできない、魔法の時間であり、空間なのだ。これを観ないのは、もったいないと思う。
最後に客席も使った演出もあったりして、通路沿いの席をご用意くださった方のご好意を深く感じた。
ありがとうございます。
で、普通の観劇ならここでおしまいなんだけど、三越百貨店だけに、ここからがまた楽しいの。
ワンフロア上の「英国展」で紅茶とスコーンとショートブレッドとモルトビネガーを物色し、
バスペールエールとシェファーズパイのイートインに心動いたり。
ほかのフロアに移ってからは、パリの髪飾りをつけてみたり、兎の帽子をかぶってみたり…
そしてさすが日本橋三越、呉服フロアの充実していること。
「ジャイアンツセール」で唐織りの名古屋帯が仕立て芯込みで5万ちょっとなのには、正直心がぐーっと傾きました。染め帯も。
結局私は、ワゴンに出ていた袱紗サイズの小風呂敷と、きものバッグ(3000円はお得だった)、
愛用している松栄堂のお香を手にいれた。松栄堂の品揃えは気が利いていたな。
そうして、そのまま地下にもぐって地下鉄で帰る。
うーん、楽しかった、楽しかった。三越、すばらしいな!心憎いぜ!
伊勢丹と合併しても、こういう王道のよさは絶対に残してほしいな〜!
三越歌舞伎
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/2007/10/post_6.html
三越劇場・三越チケット
http://www.mitsukoshi.co.jp/store/1010/theater/
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